

港南希望教会は、横浜・港南区にあるプロテスタント教会です。 私たちは神様のもとに集い、礼拝をささげることが、人生に確かな希望と喜びをもたらすと信じています。
日々の生活の中で、心が疲れたり、先が見えず不安になったり、理由のわからない渇きを覚えることがあります。イエス様はそのような私たちに、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい」と語りかけます。教会は、その招きに応えて集う場所です。
礼拝では、聖書の言葉に耳を傾け、祈りと賛美をささげ、神様の前に自分自身を静かに差し出します。すると心が穏やかにされ、慰めと平安が与えられます。神様に愛され、生かされていることを思い起こし、新たな1週間を歩み出す力が与えられます。
教会がはじめての方も大歓迎です。神様のもとに集う喜びと希望を、共に分かち合えれば幸いです。
牧師紹介

私は長い間、「生きるとは何か」「幸せとは何か」を問い続けながら生きてきました。人生の中で苦難を経験し、絶望の中で生きる意味を見失い、死を考えたこともありました。
けれども奇跡的な出来事が起こり、私の命は救われました。その後、私は人生をやりなおすためにニューヨークに留学し、そこで生まれてはじめて教会に行きました。礼拝に出席した時、言葉は分からなくても不思議な安らぎに包まれました。それから毎週通うようになり、私の心は慰められ、癒されていきました。
日本に帰国した後、再び生きる力を失ってしまい、神様に「早く私の命を取ってください」と祈るようになりました。するとある朝、目覚める時に突然、頭の中にアメージング・グレースの大合唱が鳴り響いたのです。そして翌朝には、十字架におかかりになっている主イエス・キリストのお姿の幻が見えました。そのとき私は「神様にお仕えしよう」と決めました。
急いで教会を探し、日本では初めて教会に通い始めました。毎週礼拝に通うようになって数ヶ月後、不思議なやり方で神様の言葉が与えられました。
「一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」
(新約聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 5章14-21節)
「一人の方」とは、イエス様のことです。この言葉はこう伝えています。
「イエスは、この世のすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださったイエスのために生きることなのだ。」
私の人生で最も衝撃的な瞬間でした。私は長年生きる意味を問い続けてきましたが、その答えが突然与えられたのです。その答えは、私の想像をはるかに超えていました。
「私のために死んで復活してくださったイエス様のために生きる」、これが私の生きる目的であり命だったのです。この時、私の人生は闇から光へと逆転しました。
私は自分の人生がどうやったら良くなるのかと考え続けてきましたが、そもそも私の人生ではなかったのです。私の命は神様から与えられた命であり、イエス様のものだったのです。ただそこに帰ればよかったのです。
2017年6月4日、私は神様から洗礼を受けました。「私の命を取ってください」と願った私の祈りを神様は聞いてくださり、この日、古い私は死にました。けれども神様は、私に新しい命をお与えになったのです。イエス様のために生き、救いの福音(喜びの知らせ)を伝える使者として生きる命をくださいました。
神様と一緒に生きることが、私たちの本当の命なのです。イエス様は、すべての人のために十字架におかかりになり、死んでくださいました。イエス様は、私たちの苦しみ、悲しみ、絶望を一人で負ってくださり、十字架の上で死んでくださいました。それほどまでに、イエス様は私たちを愛しておられます。
どうぞ、港南希望教会にお越しください。
みなさんとお会いできる日を楽しみに祈りつつ、イエス様と一緒にお待ちしています。
牧師 坂口由起
2017年6月4日 日本基督教団和歌山教会にて洗礼
2023年3月 東京神学大学大学院神学研究科 卒業
港南希望教会の歴史
| 【新戸塚礼拝所の時代】 | |
| 1980年 5月18日 | 聖霊降臨日の前の聖日、13年間牧会した横浜指路教会を辞任し、4月よりフェリス女学院大学宗教主任に就任した小島一郎牧師が、戸塚駅西側の小高い山上にある自宅で「新戸塚礼拝所」として家庭礼拝を開始。出席16名。 |
| 【日限山伝道所の時代】 | |
| 1980年 10月19日 | 礼拝場所を、好意により開放された港南区日限山の夫妻宅に移転。 |
| 1981年 2月28日 | 第50回神奈川教区定期総会、日限山伝道所の開設を承認。 |
| 1981年 4月12日 | 日限山伝道所開設式。 |
| 1984年 9月23日 | 臨時総会で、丸山台二丁目のワンルームマンション(7.48坪)の購入、第二種教会(教会員20名以上40名以下)設立、教会名称変更、会堂建設第二次計画の推進を決議。 |
| 1985年 1月6日 | 新教会名、「港南希望教会」に決定。 |
| 1985年 3月16日 | 第63回神奈川教区定期総会継続総会、港南希望教会の設立を承認。 |
| 【港南希望教会の時代-丸山台ワンルームマンション】 | |
| 1985年 5月12日 | 港南希望教会新会堂で礼拝開始。 |
| 1985年 6月9日 | 新会堂献堂礼拝。教会設立式・牧師任職式・献堂式。 |
| 1988年 5月22日 | 会堂拡張 (14.8平米から19.2平米に) 工事完成。 |
| 1989年 1月22日 | 小島牧師が4月より一年間のプリンストン大学/神学校での在外研究のため不在となるため、気仙三一教授(フェリス女学院大学)を牧師(代務者)、土肥聡神学生(東京神学大学大学院)を伝道者として招聘すること、また必要に応じて上泉浩牧師、ラッセル・ノーデン (Russell L. Norden) 宣教師に説教を依頼することを、臨時教会総会にて決議。 |
| 1989年 4月2日 | 気仙三一教授を牧師(代務者)として迎える。 |
| 1990年 3月18日 | 小島一郎牧師帰国。牧師歓送迎会。気仙教授・上泉牧師・土肥神学生夫妻の一年間にわたる港南希望教会への奉仕に感謝し、また、無事に帰国した小島牧師夫妻を迎える。 |
| 1992年 8月23日 | 臨時教会総会。現会堂の売却と新会堂用地 (日限山四丁目、54坪。)の取得購入を決議。28日に土地売買契約成立。 |
| 1993年 4月10日 | 新会堂が完成、旧会堂からの引っ越し。 |
| 【港南希望教会の時代】 | |
| 1993年 6月27日 | 新会堂の献堂礼拝・献堂式・感謝会。 |
| 2000年 6月4日 | 宗教法人格を取得。 |
| 2002年 6月23日 | 教会墓地、三浦霊園に完成。奉献礼拝を行う。 |
| 2003年 12月 | 礼拝出席人数の増加に伴い、会堂内部の拡張改修工事が 始まる(約80名着席可能)。 |
| 2004年 2月21日 | 第111回神奈川教区総会で、第一種教会建設を承認される。 |
| 2004年 3月21日 | 第一種教会建設式(司式:岩崎隆神奈川教区総会議長)と 感謝会、あわせて会堂改修工事完成の感謝会を執り行う。 |
| 2008年 3月31日 | 小島一郎牧師隠退。 |
| 2008年 4月1日 | 鈴木義嗣牧師就任。 |
| 2010年 2月21日 | 臨時総会にて、会堂建築計画を全会一致で可決。 (隣地購入・会堂増築・牧師館リフォーム) |
| 2010年 9月5日 | 会堂・牧師館建築起工式。 |
| 【港南希望教会の時代-会堂増築後】 | |
| 2010年 12月29日 | 新会堂(収容100名)・牧師館(20坪)献堂式≈ |
| 2012年 3月 | 神奈川連合長老会 港南希望教会の加盟全会一致で承認。 |
| 2012年 4月15日 | 長老按手礼式。神奈川連合長老会牧師・長老24名による按手。 |
| 2021年 2月28日 | 鈴木義嗣牧師辞任。 |
| 2021年 4月1日 | 代務者として、海老名教会の鈴木淳一牧師就任。 |
| 2023年 4月1日 | 坂口由起牧師就任。 |
